おくりハンドルを練習

今日早速、深いカーブでおくりハンドルの練習をした。
内向きの腕で引き下げる。外向きの腕で押し上げる。
この2つの動きを連動させる必要があるんだと思いだした。

でも、峠のカーブに対応できるかというと、まだ難しいと思う。
今日、練習したカーブは、深すぎたからだ。
引き下げる動きと押し上げる動きを大胆に入れる必要があった。
峠だと、そこまでのカーブはあんまりない。
もっと左右の腕を繊細に動かす必要があるのだと思う。

体は常に動いてないといけない。
体が止まったら、コースに対応出来なくなる。
体は常に連動してないと。
だから連動するハンドルさばきを覚えるぞ。
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# by postmanda | 2009-02-10 00:37

事実と心情

島崎藤村の破戒を読もうとした。
島崎藤村は、自然主義に属する作家。
自然主義は、主観を排除して、事実だけを書いていくスタイル。
僕は退屈に感じて、すぐに読むのをやめてしまった。

次に読み始めたのが、坂口安吾の白痴。
こっちは、観念小説と呼ばれている。
作者の観念がえんえんと描かれている。
物語の登場人物はというと、作者の観念を伝えるためだけに動いている。


島崎藤村と坂口安吾の小説のスタイルは正反対。
僕は観念小説の方がまだ面白いかなと感じたけど、どちらも読みづらい。
事実と心情がほどよく組み込まれていた方が断然面白い。
ただ、それは面白さという話であって、テーマを伝えるという点では、観念小説の方がやりやすいだろうし、自然主義のスタイルにも何か利点があるのだと思う。
事実と心情。
この2つをいかに組み合わせていくか、極端な2つの小説スタイルを研究していけば、文体の理想のバランスが見えてくるかもしれないと思った。
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# by postmanda | 2009-02-08 23:22

高速と峠

今日は、メンバーとドライブ。
富士山を見に行った。
途中高速に乗る。
高速は3か月ぶりくらいかな。
そんでもって、富士山を見た後で峠を走る。
峠を走るのも一か月ぶりだ。

高速に乗って峠を走ってと思う存分、運転して帰ってきた。

その後、先生から、運転が成長していると褒められた。

とてもうれしかった。

同時に意外でもあった。

久々の峠に走って、全然峠のコースに対応出来てないなぁと思っていたからだ。

それは紛れもない事実なのだと思う。

でも、高速を走った時、スピードがでていようが、ハンドルに振り回されることはなかった。
峠で覚えた細かなハンドル操作のおかげでコースからはみ出るんじゃないかという怖さは感じなかった。

峠も曲がりながら加速がしやすかった。ナチュラルな加速だった。
それは、ダートを走ったときの揺れながらアクセルを踏むことに慣れたおかげだからだと思う。

反面、大きなカーブでは、ハンドル操作がたどたどしかった。カーブに対応できていなかった。
カーブが大きければ、その分、ハンドルを回さなければならない。
さらにカーブが長ければ、長い時間ハンドルを大きく回しておかなければならない。
その時、腕の動きと体の動きに連動がなくなってしまう。さらに腕の動きも体の動きも止まってしまう。
これじゃカーブに対応なんてできやしない。

まずは、深いカーブ時のハンドル操作のこつを掴まないと。
街を走っていてる時でも、深いカーブはある。
交差点なんだけれども。
峠のカーブよりもさらさらに深い。
なのだから、交差点を曲がるとき、クロスハンドルに頼らずにおくりハンドルで曲がれば、
さらにその動きを山仕様にしたおくりハンドルにすればいいはずなのだ。
山仕様おくりハンドルの完成を目指して、特訓だ!
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# by postmanda | 2009-02-08 21:12

太宰作品

太宰治を読み終えた後、最近の小説を読んだ。
内容は、後ろ向きな女性が主役の物語。
その点では太宰作品と似ている。
僕はそういう作品を求めているのだ。

面白かったので、あっというまに読み終えた。
だからといって、この小説を好きになったかというと、それはまた別。

太宰治作品は好きになれたけど、この作品には特段愛着がわかなかった。

読んで面白かった。

ただ、それだけだ。

太宰治作品とのこの差はどこにあるのだろう。

好きになれたのは、その作品に感情移入できたから、共感できたから、なのだと考えている。

最近の小説に共感出来なかったのは、主人公が暗いだけだったから。何に対してもやる気がなく、一歩下がったスタンスで人生を見ているかのような感覚を覚えた。そこに僕は気取りを感じてしまった。
でも、太宰治の作品は、告白というスタイルで、自分の弱さ、馬鹿らしさをさらけ出そうとしている。
弱さ、馬鹿さは誰もが持っているものにちがいない。
だから、僕は太宰治作品に共感したし、太宰治は多くの人たちから愛されている。
隠してはだめなのだ。自分から伝えなければならないのだ。

弱さ、馬鹿さは、共感を呼ぶ。
僕も自分の弱さ、馬鹿さかげんを見つめていかなければ。
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# by postmanda | 2009-02-08 01:33

1か月

新しい職場に勤め始めて、もうすぐ1月が経とうとしている。

出勤初日は、かなり眠い状態で職場に出てしまった。
前日が車検の日でどたばたしていて、あまり休めていなかったこともあるけれど、仕事に対してのやる気があまりなかったのが正直なところ。
そして今はというと、
お偉い人たちを抜かすと、自分が一番早くに出社して、そして、終業時刻になった後も、バスが来るまでの間、残って一人仕事のおさらいをしている。

仕事を順調に学んでいるのか、遅れているのかは、分からない。

ただ、そこまで熱く仕事に取り組むようになったのは、
出来ていなかったところがあると、直したい。
そうした感情が強いのだと思う。
今は研修期間中。
問題点をたくさん出して、そして、解決するように励む。
今の期間をそう解釈している。

なので、問題点や間違った箇所があれば、次はどうしたら防げるのか、取り組んでいるから、早めに仕事が終わろうとなかろうと、終業時刻が過ぎても、復習に勤しんでいるのだ。

それもすべて、間違ったら、悔しいという感情があるからなのだと思う。
だから、次は間違えないようにしようとしている。

先週から仕事量が増えて、時間に間に合わせるための取り組みをやってみた。
それで時間内に終わるようになり、次は何をすべきか振り返ってみると、
今日、やったことの復習に時間を割くことが大事なんだと改めて思うようになった。
基本的なことだけど、そこを怠らないことが、仕事を覚える一番の近道のはずだ。

間違ったら徹底的に直す。

それだ。
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# by postmanda | 2009-02-04 07:30

満足と問題点

久しぶりにインプレッサを長い時間運転出来て、気持ち良かった。」

ストレス解消になった。

クラッチ交換して以降、車を運転していて、体が硬くなったことはほとんどない。
でも今日は、向かったのは初めての場所。
だから、どこで曲がればいいのか判断するのにちょっと必死になってて、その分、体が硬くなってしまった。
確信がない中での運転。
そうなると、余裕がなくなってしまう。
自分はまだそういう段階のレベルなんだと認識した。

でも、車では常に判断が求められる。
その状況になれてしまえば、日常での判断がとても楽になる。
少しずつそれを実感してきている。
もっと、見知らぬ場所へと向かおう。
いつも同じ場所じゃ状況判断の練習にならない。
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# by postmanda | 2009-02-01 00:24

普遍的なテーマ

人と人とが分かりあえる。
期待していなかったり、あきらめたり、つまり、そのことから目を背けていたら、悲しみもそれほどではない。いや、悲しいんだろうけど、本人が気づいていないだけだ。

このままでいいのかなといえばいいわけではないのだろうけど、ただ、悲しいことに目を向けるのは、とてもエネルギーがいることだ。

でも、夏目漱石の作品や『エヴァンゲリオン』は、それを描こうとして、小説やアニメ業界の金字塔ともいうべき存在となった。

普遍的なテーマなのだと思う。

なぜ、悲しいのか、むなしいのか、苦しいのか。
きちんと目を向けて、作品に反映させていくことに決めた
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# by postmanda | 2009-01-31 09:58

夏目漱石

最近、文学史の勉強を始めている。

近代文学から取り組んでみたのだけど、その参考書では、夏目漱石を絶賛していた。
僕も説明を読んでいくうちに、夏目漱石の小説をもう一度読みたくなってきた。
僕の目を引いたのは、夏目漱石が「人と人とは分かり合えない」ことを作品の中で描いていたことだ。
その象徴的な作品が『こころ』。

高校時代に『こころ』を読んだことはあるけれども、その時は面白いと感じただけで、「人と人とは分かり合えないこと」がテーマとして描かれていることに気付かなかった。

その後、僕はこのテーマを描こうとしたアニメを知った。
『エヴァンゲリオン』だ。
「人と人とは分かり合えないものだ」とシンジに語る父・碇ゲンドウ。
そうした考えを持つゲンドウは、人類の心の隙間を埋めるべく人類補完計画を進めていた。

エヴァンゲリオンだと、アニメだからと割り切れる部分があるけれど、小説の先駆者ともいうべき夏目漱石までが描こうとしていたと知ると、もう無視はできない。

自我やエゴを徹底して見つめたという夏目漱石。偉大なる小説家を見習って、僕も自分の心をもっと見つめていかないとと思った。
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# by postmanda | 2009-01-31 01:11

インプレッサ効果

今日は職場でちょっと能動的だった。
いつもより硬さもとれてた。

久しぶりにインプレッサに乗ったからだろうなぁ。

少し満たされた感じ。

今日もちょっとだけ乗った。
つなぎやすくなったとはいえ、走り始めはまだギアチェンジがぎこちない。
もっともっと乗りたかった。

爽快感は多少減ったけど、走っていてストレスをほとんど感じなくなった。

だから、ノーマルのクラッチになっても、インプレッサの運転は楽しい。

マフラーも純正になって物足りなさを感じていたけど、純粋にエンジン音だけを聞くのも悪くない気がしてきた。その方がよりマシンの鼓動を感じるってもんだ。

やっぱり、良い車だ。
運転してて楽しい車だ。
それがインプレッサだ。
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# by postmanda | 2009-01-27 00:10

新しくなったインプレッサ

インプレッサがクラッチ交換を終えて、戻ってきた。

インプレッサを2週間ぶりに運転だ。
新しいクラッチは、とてもつなぎやすくなっていた。
半クラッチまでがとても短くなっていて、クラッチをはなすだけで、つながってしまうほどだ。
ギアチェンジの時もあまり揺れが出ない。
新しくなったインプレッサを乗ったことで、これまでがどれだけ乗りづらかったのがよく分かった。

強化クラッチをつけていたインプレッサは、ちょっとのミスも許さない車だった。ちょっとでも荒くクラッチをつなげると、激しく揺れてしまう。まるでじゃじゃ馬のようだった。
だから、いつも繊細に体を動かそうと神経を使っていた。
これでもかというくらいに体の動きを気にしていた。

インプレッサ自体が、厳しい教官だったんだと思う。
僕は彼女を怒らせないようにと、いつも体の動きに神経を巡らせて運転していた。
だから、一人でも運転するだけで腕を伸ばすことができた。


新しいインプレッサは、結構、運転に寛容だ。
そうなると、体の使い方も甘くなりがちだ。
そこまで、体の動きに気を使う必要が感じられないからだ。

でも、足元を気にしなくなったことで、周囲に意識を向けられるようになった。
その時、どうすれば良いのか。
周囲の状況を見て、ベストの判断をする。
この判断の方が良かったんじゃないか。
そうすることで、状況判断が出来る男にへとなっていけるんじゃないか。

新しいインプレッサは、そうした運転が出来る段階へと引き上げてくれるかもしれない。
2日乗って、僕はそう思うようになった。
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# by postmanda | 2009-01-26 01:03