<   2008年 08月 ( 36 )   > この月の画像一覧

山道を下る

夜の暗い山道を徒使君が車で登っていく。

周りは見えないし、道はどんどん狭くなっていくし、昼間よりもはるかに大変だなと思っていた。

この道を自分が運転することになるなんて思いもしていなかった。

告げられたのは、山道を登っている途中だ。

そんな無茶な・・・

道があんなに狭いんだよ・・・ 


でも、やるしかない。

出来ないなんて思ったら、ますます出来なくなる。


頂上につき、徒使君と運転席を変わる。

先生は、

アクセルは使わずに1速のままでいい

と言った。

それを言われて、少し安心した。それでも、自分にとってはとてもハードなミッションだ。

一瞬でもぼうっとしたら、ぶつかってしまう。

緊張感を高めるために、できるかぎり声を出した。

余計なことは一切考えるな。目の前のことに集中しろ。

スピードを出さずにゆっくりと運転して、ぶつけることもなく無事終わった。

安堵するものの終わった後も気持ちが高ぶっていた。

こんなに緊張感を高めたのは、いつ以来だろう・・・。

舞台に上がったとき以来か?

無事終えて良かった。

しかし練習は続く。2回目にチャレンジ。

このときは、一度車をガードレールにぶつけそうになった。

ギリギリのところで車が周れていった。

危なかったのにブレーキをさらに緩めようとしなかった。

危機感が足りない。

目の前に危機感に体が反応出来ていない。

急に山道を下る怖さが増した。

いつかぶつけるんじゃないか。

心配になっていく。

3度目のときは、ぶつかりそうになったところを注意してスピードをもっと緩めようとしたものの、焦ってブレーキを踏もうとしたら、ちょっとアクセルにも足がかかってしまった。
だから、思った以上にスピードが緩まない。
ブレーキを踏むところで、アクセルを踏む。
完全にアクセルを踏んでいたら、ガードレールにぶつかってしまう。
今度は、体をコントロール出来ない不安が出てくる。

そして、4度目。
運転に入る前、先生がコーナーを周るときのアドバイスを送ってくれた。

左を曲がるときは、道の左側の奥端を見る。右を曲がるときは、道の右側の奥端を見る。そうするとコーナーを曲がりやすくなる。

このことを声に出して、運転した。

左奥と右奥を見ることに専念する。

するとコーナーが曲がりやすくなっていた。

とても運転しやすくなった。

周る側の奥を見るこを意識しているだけでコーナーを綺麗に周れるようになっていくのだ。

それまで車に振り回されていたのに、
コーナーで車をコントロールすることができるようになっていった。

車をコントロールできるようになっていくと、ブレーキをどれくらい緩めるべきかの判断もできるようになっていった。

1つのことを意識するだけで、ほかのこともできるようになっていく。

はじめは、無事山道を降りれたことに安心していただけだったけど、4度目の運転では、コーナーを周る楽しさを僕は感じていた。

コツを知って、コーナーを周る楽しみを僕は覚えたのだ。

山道を下っていくのはとても怖い。
一瞬でも判断を誤れば車を激突させてしまうかもしれない。
そんな怖さがあるから、コーナーを周りきれたときのうれしさは、普通の道を運転したときの何倍にもなる。

でも、うれしさよりも車を運転する怖さをもっと意識していたい。
こつを知らなければ、車をぶつけていたかもしれない。もっとスピードを緩めて運転すべきだった。

そして、このときの緊張感を普段の生活でも忘れないようにしよう。
[PR]
by postmanda | 2008-08-13 10:05

山道

まさかここまでとは思っていなかった。

山道を車で思い切り走る。
助手席に乗っていて、声を出さずにはいられない。

前から圧迫されて、左右に激しくふられる。

車の助手席でジェットコースター以上に揺さぶられている。

その揺さぶりは人の運転によって生み出されたものだ。

運転している先生は、常にハンドルを小刻みに動かし、曲がり角ではアクセルを踏み、ときにギアを変える。すべてが瞬時の判断だ。

なんでそんな操作が出来るのだろうと思った。
一瞬の判断ミスが命取りになりそうなのに。

乗り終えた僕は、車の運転技術の上の世界を見せつけられた。

なんで出来るの・・・

そればかり思った。

すげえ・・・

先生は自分よりもラリーの運転が上手いやつはたくさんいると言ってるけど、でも先生の運転する世界は、プロ級の領域に感じた。


助手席では、遊園地でもなかなか味わえないスリルと興奮を感じた。
その反面、自分がこうした走りを出来るようになるのかという戸惑いもあった。
状況判断が苦手で街中も運転できないのに。
いつかできるようになるのか?

峠から降りる途中、先生は言った。

この車の走りで味わえる世界を音楽でも表現したい。

ああ・・・・

体中からアドレナリンがほとばしってくるような、
思わず興奮を声に出さずにはいられない世界。

自分の中にある世界を変えたいと、僕は思った。

溜まっているものを爆発させたい。

溜まっているものが爆発するような世界を、車で味わいたい、小説で表現したいと思った。
まだその思いは大きくはないけど、大きくしていきたい。
[PR]
by postmanda | 2008-08-10 10:34

何のためにやる

先週、いくつかの失敗をした。

僕は謝った。

それで許してもらい終わったと思い、安心する。

その繰り返しだった。


今、やることがたくさんになっていて、とても辛い。

だから、そのことを先生に伝えた。

「何もしないから、間違いを直そうとしないから、やることが溜まっていって不安ばかりになってそうなる」
そう言われた。


何もしていないのだと指摘された。
でも、何もしてない感覚が自分にはない。
やって、でも終わらなくていろんなことが溜まっていってどうにもならない状態になっていく。

終わらない。間違ったらそこでストップさせてしまう。そして溜まっていく。

なんで終わらないのか。

終わらない・・・。

オレは何のためにやっているのか。
思い返してみれば、
それは何か言われないためだと気づく。
ポーズのため。
結果を出すためではない。
だから終わらない。

失敗してもやり直せない。

何か言われないためにやっている。

何をしているのだろうかオレは。

とても虚しい行動だ。

結果を出そうとしてやろうとしているのではない。

なぜ、そうなってしまったのか。

結果を出すことをいつからかあきらめるようになっている。

その場をしのぐだけで精いっぱい。

無理をしないように、自分をセーブしようとしてしまっている。

3割の力でやる癖が染みついてしまっている。

だから、結果を出そうとせずに、ただやっているだけ。

間に合わせればいい。

間に合わせてしまえば安堵する。

たとえ、結果が出なかったとしても、安堵しているから、間違いをすぐに正そうとしない。

そうして、やるべきことが溜まっていっていく。

取り組み方の姿勢なんだ。

それを根本から直さないかぎり、いつまでもやることが増えていく。

じゃあ結果を出そうとしないこの姿勢をどう変えればいいっていうんだ。

変えようと思えば変わるもんじゃない。

長年しみつている癖だ。

簡単に直れば生きるのに苦労しない。

今は自分を見つめる。出来ない自分を見つめる。もっともっと見つめる。この現状をブログに書いていく。
[PR]
by postmanda | 2008-08-08 17:50

間違いを正す、間違いを探す

僕は自分が間違ったことをしても家族の誰もおかしいと教えてくれなかった。
怒られるときは、むかつかせた時だけだ。
間違いを直すのではなくて、感情をぶつけられるだけだった。
僕は何が正しくて何が間違っているのか、判断が出来ない子どもに育った。
自分から探さないのだ。


先週末、音楽事務所に足を運ぶと、アンちゃんがしかられていた。

なんでしかられていたのか、僕はわからなかったけど、ここには間違いを正そうとしている人たちがいた。

こうして正しいやり方を覚えるんだなって思った。
[PR]
by postmanda | 2008-08-08 02:08

僕のジョルノ

ヤフオクで落札したジョルノがついに到着した。

乗ると、おおっと思わず感じてしまう。

先週、バイクには何時間か乗った。

バイク慣れしていたのに、「おお」っと思った。


やっぱり、自分が買ったバイクに乗って、動かすのはとてもうれしいのだ。

このジョルノに乗って、僕は古本屋めぐりをしたいと思った。


スピードを出せる足を所有することになって、もっともっと行動できるようになりたいと思った。
[PR]
by postmanda | 2008-08-08 01:53

漫画教室8・7

漫画教室はこの日もしずくちゃんを描くことになった。

マイちゃんの絵を見ると、先週よりも各段に上手くなっている。

それもあたりをつけて顔を描くようになったからだ。

気になったのは、顔が丸になれていないところ。


どうやったら、綺麗な丸を描けるのか、僕はいろいろと描き方を試してみた。


その中で気になったのは、その場にいたナツヨさんからの言葉。

「コウキくんの描くときの姿勢はすごくいいね」

言われてみると、僕は絵を描くとき、背筋をぴんと伸ばす。これは腰を痛めないようにするためだ。

でも、それは絵を描くのに適した姿勢なのだろうか?

ドラムだって、ピアノだって、演奏するときは前傾姿勢になる。

肩を使うためだ。

絵だって同じじゃないか?


僕は丸を描き続けた。

丸を綺麗に描けたら、タッチが丁寧になることにつながる。

それには絵を描くのに適した姿勢を探すことが大事になる。

でも、その姿勢を見つけたとき、マイちゃんに教えるべきなのか。

そんな葛藤も出た。

描きやすい絵のフォームを探せても、ドラムで肩を使った叩き方を練習していなければ、効果が出ないのではないかと思ったからだ。
今はまだ型にはめこまずに自由に描かせる時期なのではないか。

そんな葛藤の中、マイちゃんが僕の円の描き方を見てきた。

「そうやって円を描くんだ」

一発で円を描くのではなくて、丁寧に丁寧に少しずつ円を描く。

そうした円の描き方をマイちゃんは目で見て学んだ。

目で見て分かったマイちゃんは、丁寧に円を描くようになった。

僕は難しく考えすぎていたのかもしれない。

目で見て盗む。マイちゃんはそれをしただけでまた絵が上手になった。



絵を上手に描くのには段階がある。

僕はその段階をすっとばそうとしていたのかもしれない。

そして、目で見て分かってもらい、感覚的に理解してもらう。

絵を上達させるには、口で言って理解させるのではない。そのときの状況を適切に踏まえ、感覚的に理解してもらうことを意識しつつ、もっと絵が上手になる方法を探していく。
[PR]
by postmanda | 2008-08-08 01:48

アクセル踏みすぎ

相馬市に着いた。

6時間かかっての到着だ。

そこで、一息ついて帰りに備える。

なんて考えはなく、ここからが僕の本番だ。

東京じゃなかなかお目にかかれない大きな駐車場を見つけて車の練習だ。

先生の車に乗るのはこれで3度目だけど、本格的に練習するのはこれが初めて。

先生の車のアクセルとクラッチの感覚は、ほとんど分かっていない。

その感覚に慣れるため、まずは発進の練習から始めた。

アクセルをちょっと踏むだけで1500メーターを簡単に超えてしまう。

これはモンスターエンジンだ。

親指でちょこんと踏むを意識する。

何度かやっていくうちに1500まで上げるのは出来るようになった。

発進はがくがくすることも少なく順調に出来たと思う。

クラッチの使い方の方は、慎重に出来ているのだと思う。

でも、ギアの練習になると、思うようにいかない。

アクセルを踏みすぎているのだと思う。

ギアを変えたら、ちょこんとアクセルを踏むだけ。

なのにギアにあった速度にしようとあわててアクセルを踏んでしまうのだと思う。


アクセルをちょこんと踏む→クラッチを踏みながら、アクセルをぱっとはなす→ギアを2速から3速に→クラッチをすっと緩めながらアクセルをちょこんと踏む


これが正しいギアへの上げかた。

アクセルを踏むのが雑である癖を自覚して直していこう。
[PR]
by postmanda | 2008-08-08 01:32

ナビ失格

連日、車に乗りナビをしている。

だけど、毎回ポカをする。

今日もまたやってしまった。

今どこにいるのか、把握できていなかったからだ。
今走っているところの先を見て、どこが迷いやすいか、考えていないからだ。

今いる位置と、その先でどこが迷いやすいのかを、常に把握しておく。
[PR]
by postmanda | 2008-08-06 00:08

甘やかすな

アップが出来ていない。

僕は自分でそのことに気づけない。
いや、気づこうとしないのか。

甘えやかしが心にしみついている。

何のためにドラムの練習をするのか。

出来ないことを自分自身で出来るように、
前に進められる人間になるためだ。


アップ:外に円を描くように、スティックのおしりを上げる。

外に円を描かないか、上げが足りないか。どちらかだけになりがちだ。日曜日の練習では、最後、まだ上げが十分ではなかった。
もっと上げる。
外に円を描くようにもっと高く上げる。
[PR]
by postmanda | 2008-08-05 23:57

ギアの使い方

ギアを上げる場合:
アクセルを踏んではなしてから、クラッチを踏む→ギアを変える→アクセルを踏む→クラッチをぽんとはなす(ゆっくりとはなさない)

※減速のときは、クラッチをゆっくりとはなす


ギアの変え方が分からず、首をかしげながら運転していた。
やり方を教えてもらってからは、出来なかったときは失敗の理由が分かって悔しくなり、成功したときはうれしかった。

体で感じよう。
[PR]
by postmanda | 2008-08-05 03:09