2008年 07月 14日 ( 3 )

見捨てられる

運転の練習を終えた。僕の練習はたった5分で打ち切られた。まだ、駐車場で練習するレベルじゃないと先生から言われた。
その日の夕方、僕は先生に呼び出されてこう言われた。
「教習所に見捨てられたな。おまえに時間を割いて教えても無駄だから、甘くして合格させてもらったんだ。甘えさせるということは、見捨てれるということだ。おまえの人生は見捨てられたことばかりなはずだ」
そう言われて、僕は過去を振り返った。

中学時代、学校に通えなくなった僕を両親はそのまま家にいていいとして、放っておいた。
学校に通えなくなった僕はそのまま見捨てられたのだ。

社会人になり、就職した僕は編集部に配属されることになった。
会社での花形部署だ。
そこでも、周りと比べて仕事ができず、迷惑をかけ続けた。
その結果、編集長が僕の記事を見ることになる。
しかし、編集長は編集の仕事を経験したことがない素人だ。
素人が僕の記事を見るというとてもぬるい環境の中で、僕は仕事をすることになった。
編集の仕事がろくに出来ない僕は、上司から見捨てられ、それでいて、断れない立場にいることから多くの仕事をまわしてきた。
ただ、仕事量が圧倒的に多かったから、僕はこの甘い環境から抜け出したいとは思わなかった。
編集長から他のデスクに変えて欲しいと、自分からは言わなかった。甘やかしに甘えていたのだ。

甘えた環境で育ってきた僕は、これから命の責任がまとう車の運転を練習することになる。

甘やかそうとせずに、一生懸命に真剣に取り組める自分になれる機会であり、試練だ。

これからはハードな日々になるだろうけど、人生のやりお直しだと思ってがんばる。
[PR]
by postmanda | 2008-07-14 15:53

車の練習が始まった

8年ぶりに車を運転した。
運転をしたといっても5分程度。

駐車場で運転するレベルじゃないと先生に判断されて、僕の練習はおあずけとなった。

マニュアル車を動かすことさえままならない。

僕は車をなめていた。

そして車への興味があまりなかったのだと思う。

だから、りEが練習している間も、観察をきちんとできなかった。

りEが運転しているのを見ても、車の運転に対する疑問がなにもわいてこなかった。

ただ見ているだけだったのだ。

車の運転を学ぼう、知ろうという意欲がなければ学ぶスピードはとても遅くなる。

僕はこれまで多くのことに、学ぼうという意欲が薄かった。

他の人がやっているところも積極的に見て、聞いてをして積極的に学んでいかないと、いつまっでたっても吸収が遅いままだ。

命がかかる車の運転で、僕の眠ったままの意欲をたたき起す。

貪欲に学んでいく。
[PR]
by postmanda | 2008-07-14 14:44

久しぶりの将棋

サワさんの将棋の腕前が上がっているということなので、
対局することになった。
サワさんとやるのはこれが初めて。

僕は4か月将棋をやっていなくて、初めはどうしたらいいのか全然頭が働かなかった。
でも、サワさんと将棋を打っているうちに楽しくなってきて、
一人ごとがどんどん漏れていく。

頭を回転させている証拠だ。

サワさんと打ったあとは、先生とも打った。

先生は僕がやっていなかった間も継続してやっていたので、腕が一段と強くなっていた。

先生には負けたけど、将棋を打つとなんだか熱くなれる。
とても楽しくなれる。

また、将棋を始めよう。
[PR]
by postmanda | 2008-07-14 14:36