上がる時は加速する時

職場でちょっとした体の変化を感じた。
パソコンを打っているとき。

キーボードを打つ時、
叩いているというよりも、手を跳ね上げて打っているのだ。

落とすのではなくて上げるは、動きにおける基本的なフォーム。

それが自然に出来ている。

手を跳ね上げると、手を跳ね上げた方が楽だし、リズムにも乗りやすい。

少しずつだけど、体が分かってきている。

あれこれ書いたけど、要はキーボードを打っているだけなのだけど、ほんのちょっぴり気持ち良さを感じるのだ。

気持ち良いはいいことだ。
だから、上げるをもっともっとやってみよう。

でも、なんで上げるが出来るようになってきたんだろう。

思い当たる節は一つ。

僕はその感覚を体で覚えている。

車の運転だ。

峠を走っているときのこと。
カーブを迎えたら、
ハンドルを落とす。
カーブが終わると、逆側にハンドルを戻さなければならない。
このとき、ハンドルを上げるから、自然と腰も上がる。
そして、伸びあがると同時にアクセルを踏んで加速することができる。
この瞬間がたまらなく気持ち良い。
この気持ち良さが忘れられないから、他のことでも、体を上げて加速しよう。
無意識にその意思が働くんじゃないか。

下がる時は、耐える時。
なんとなくだけど、そんな印象がある。
カーブでも曲がっている時は、ぶつからないようにぶつからないように耐えている。

上がる時は、加速する時。
それがどんなことであろうとも。

腰を上げて、上げて、人生を伸びやかに加速して歩んでいけたらなぁ。

ふとそう思った。
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by postmanda | 2009-02-16 23:10


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