アルトワークスがきた

2~3割の力で生きていると言われた。

だから何をやっても上手くいかない。

僕はアルトワークスを買ったのに、この車のことを知ろうとしない。興味を持たない。

自分から動こうとしない。学ぼうとしない。

振り返ってみると、自分が得意とするジャンル、絵についても、パソコンでの色の塗り方など、厄介なことは人に聞いてばかりいた。自分から調べてもすぐに諦めてしまった。

教えてもらったら問題は解決する。

でも、自分から得たスキルではない。だから、それ以上スキルが伸びない。自分から伸ばすことが出来ない。

自分から調べてスキルを学ぶことができたら、自分からスキルをどんどん伸ばせることができる。

僕は自分から積極的に調べて知らなきゃ、いつまでたっても学ばないままだ。調べて、試して学んで、そしてまた調べる。

僕にはその力が足りない。


この日、ナンバープレートを借りに市役所に行った。
家に戻ると、アルトワークスが届いていた。

アルトワークスを初めて自分の目で見て、僕は喜んだ。

自分のアルトワークスが届いた。

思っていたよりもポップでキュートだった。

僕が落札したアルトワークスは、とてもおしゃれな車だ。

初めて、車への愛着が湧いてきた。

アルトワークスでドライブに行く。

僕は運転が下手だから、助手席だ。

運転している先生が、アルトワークスは運転しやすいというけど、僕が運転しているわけではないから実感はなかった。

途中で、練習のために僕が車道を運転することになった。
車が何台も走る大きな道路だ。

動揺はそこまでではなかった。

一度、ペーパードライバーコースで路上を走っていたことが大きかった。その経験がなかったら、僕はとても動揺していたと思う。


車に乗り、左足をクラッチに、右足をブレーキに置く。
インプレッサとの違いを早くも感じた。
クラッチからアクセルまでが狭いのだ。ブレーキに足を置いていると、少しアクセルに触れてしまう。ブレーキとアクセルを踏み間違えそうだ。

教習所の車以外では、ミッションで初めての車道。自分のペースで走ることはできない。流れに乗って走らなければならない。
だから、ゆっくりとクラッチをつなぐ余裕はない。発進が雑になった。でも、アルトワークスは大きくは揺れなかった。
余裕がない僕は車を動かすのに必死だった。
発進で、ギアのチェンジで雑になってしまう。でも、車体はそれほど揺れない。
僕の余裕のない運転を、アルトワークスがカバーしてくれる。
僕は、車道を走ることが出来た。
教習所の時よりも何度も右折、左折をしたけれど、無事走れた。
ギアチェンジのレバー操作がまだ危うくて、一度パニックになりかけたこともあったけど、持ちこたえられた。
アルトワークスが僕をフォローしてくれたからだ。

初めての車道は、大きな問題はなく終わった。

ギアチェンジのレバー操作や、クラッチのはなし、アクセルの加速など、曲がりでの2速への移動など、修正すべき箇所はたくさんあったけど、初めての車道にしては上出来だと思った。

車を運転することは怖い。だから、僕は車に乗らなくなった。それは今も変わらない。一瞬で人を殺せてしまう車を運転するのはやっぱり怖い。

でも、運転し終えた後は、脱力して、充実感を味わえる。

うれしいのだ。

それはオートマだったら、絶対に味わえない。充実したものを味わえず、そして、人を殺してしまうのではないかという恐れを常に感じながら運転するだけだ。オートマは便利な道具でしかない。

でも、マニュアルは、自分を高めることができるマシンだ。

運転をするのは怖いけど、そうした緊張感を求めている自分もいる。

まだ僕は車から逃げているけれど、少しずつ体が心が車を求めている。

そして、その思いは、アルトワークスが来て、格段に上がるんじゃないかと思う。

アルトワークスは、僕をフォローしてくれる車だ。

僕は車をもっと学ぼうと思った。

じゃないと、アルトワークスに失礼だ。

このままじゃ、僕はアルトワークスに乗る資格はない。

自分を高めて、アルトワークスに似合う男になる。

そして、2~3割しか出せない自分の能力を、伸ばしていくんだ。
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by postmanda | 2008-08-27 22:46


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