受け

先生に将棋で負けた。
先生に負けたのはおよそ1ヶ月ぶり。

あと一手自分の思い描いていた場所に打てたら詰めていた。でも、そこを打てず逆転負けをした。

油断して負けてしまった。そう思った。

しかし、先生は
勝負にこだわっているだけだから負けたんだと言うのだ。

攻めのバリエーションを増やそうとしている。
勝ち負けにもこだわるけど、そのためにも打っている。
オレは心の中で反論した。

そして、次の勝負・・・


オレは完敗した。すべての攻めに対応されていいとこらがなかった。


勝ち負けにこだわるやつは、勝負を楽しんでいない。将棋に対するオレの姿勢を先生はそう評する。

でも、内容を求めるってどういうことなんだ?
楽しいってなんだ?

そんなオレの思いを読み図ったかのように先生はこう言った。

「俺は相手の攻撃に対応して指している。攻撃を受けることも楽しい。攻めと守りが一体になっているんだ。でもコウキの将棋は一方的に攻めるだけ。相手に何もさせずに勝つ。しのがれたら負ける。攻めと守りがバラバラになっているし、そもそも勝ち負けにやつは攻撃されること自体を嫌がる」

相手の攻めを受けると対応できない。
オレの将棋はそのとおりだ。
だから、攻められる前に攻め潰す。

とても狭い将棋。
でも、それは将棋にかぎったことじゃないか。
人との対応でもそうだ。
相手から攻めを受けるとオレは対応が上手くできない。
臨機応変に反応できないのだ。

その対応の出来なさは、ここのところずっと克服していきたいと感じていた。
将棋をすることで、人とのやりとりでも攻めを少しずつ覚え始めてきたからかもしれない。
今日の将棋で感じた行き詰まりを感じた。
それは、オレは受けを覚える段階にきたんじゃないのか。

これから将棋で受けをテーマに打つ。
それが現実社会で受けを覚える一歩になる。
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by postmanda | 2007-10-21 23:15


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