結果よりも内容

結果ばかり見て内容をいつも見ていない。

将棋を例に出して、先生はそう言ったのだ。

その言葉はオレの心にぐさりと突き刺さった。

この数週間、先生やりEとの将棋ではたいがい勝ち越ししていた。

勝利に酔いしれていた。

勝利ばかりを追い求めていた。

でも、感じてもいたのだ。

勝利したあとの空しさも。

自分はこの勝利で何を得たというのだ。

勝って満足した。それだけじゃないか。

次につながる将棋を打っていない。

オレは人と将棋を指すとき、勝つことを最優先している。

勝つために将棋をやっているのならそれでもいい。

でも、オレが将棋を指す理由は違う。

自分を成長させるため。

そして、今のテーマは攻めのバリエーションを増やすこと。

なのにオレは毎回同じうち方ばかりしている。

とても保守的だ。

今日、オレは先生との対局で今まで打ったことのない攻めに出た。

それは端からの攻めだ。

昨日先生がやっていたという打ち方。
でも、オレはその将棋を見ていなかった。

どんなものか気になっていた。

だから、自分の思い描いた端攻めを実践した。

直線でひたすら攻めていく。

取っては取られ取っては取られながらもあきらめずに攻めていく。

そして、相手陣地に入り込めたオレはその勢いでこの勝負に勝った。

陣地に入るために、次から次へと取った駒を置いていった。
相手の陣地内に駒を置くことは勇気がいること。
それで昨日は、へまをしてたっちゅうに敗れた。
でも、ここでためらったら、攻めが分断されてしまう。
ひたすら次から次へと攻めたかった。
一方からの攻めが難しくなったらもう一方からと。
その攻めの転換に気づくのに1手遅かったことが何度か見られた。
視野を広げていく。
それもオレの将棋を指すもくてきのひとつ。
そして、攻めながら、相手の逃げ道も絶たねば。
今回はその行動に移るのが少し遅かった。
相手は逃げようと思えば逃げれたはずだ。

さらに、一歩間違えれば詰められなかった見誤り。
それは、相手の角置きを忘れていたこと。
先生が良いタイミングで角を置いてきたときは、あせった。
角は思わぬところで、大きな駒をとれる使い方ができる。
その角の存在を常に意識して攻めと守りを強化していこう。

そして、今日の将棋でオレが目指したいのは怒涛の攻めだと実感した。相手のいかなる対応にも臨機応変に対応して攻めを継続していく流れ。
これをものにしていきたいし、そうなるためにも視野を広げていかなければと思った。
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by postmanda | 2007-10-07 15:17


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