非を認める姿勢

今週の火曜日の1日が終わるころ、オレは先生に仕事のことで相談のメールをした。

>先生へ
仕事で大きなミスをしてしまって、すぐに先輩にどうしたら失敗を防げるのか訊ねました。
ミスがわかったらすぐにでも原因を聞いた。
これも失敗をした原因をすぐにでも見極めてやり直すことになるのでしょうか。

3日後に先生から返事が来た。
>koukiへ
「すぐに人に聞く事がいいかどうか」という以前に、「ミスが分かったらその原
因をすぐにでも聞く」が、「この後どうすればいいのか、どうしたらこのミスを
防げたのか」とイコールになってる方が問題だね。

予想してない答えが返ってきて戸惑った。
人に聞く前に自分で考えるということなのだろうか・・・
オレはこの1週間、先生の教えを間違った理解をしたまま過ごしてしまったのか?

ここのところ、順調に成長できていたと思ってたのにまた悪いモードになっちゃってたのか。
忙しすぎたし自分を見失ってたことも十分あるよな・・・
そんなことを考えながら迎えた日曜日、先生から直接、この件の説明を受けた。

「どうしたら失敗を防げたか。それは1つステップを通り越してるだろう」

先生はそう言い始めた。

「どこが悪かったのか、失敗した原因を探すのが先だ。それが出来ないのはコウキが自分の非を認めようとしないからだ」

自分の非・・・

自分の嫌な点、悪い点は見つめたくない。
良い点ばかりいつまでも見ていたい。

そんな気持ちばかりだ。自分の可能性にすがっていたいのだ。
自分の悪い点、嫌な点を見つめた瞬間、希望がなくなってしまうかのような感覚に襲われてしまう。
いつまでも夢を見ていたいわけだ。
でも、夢は見るものじゃなくて追いかけるものだ。
間違っていた点、悪かった点はすぐにでも直していかなければならない。
それが成長ってもんだ。夢に近づいていくってもんじゃないか。

これからは出来なかったらそのままにしないぞ。
自分が悪かった、出来なかった原因を探すぞ。
ここで宣言した今からスタートだ。
再生すとらぐる。
GORILLLAZバージョンで改めて突き進むなり。
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by postmanda | 2007-10-01 00:58


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